Cupful of Rabbit

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C93どうびじゅ本「桃色、黄色、とうめい、はいいろ」の感想 その2

 

くろば・U先生のどうびじゅ本「桃色、黄色、とうめい、はいいろ」の感想です。

 

感想その1はこちら

 

以下、ネタバレ注意です。

 

 

 

 第三章のカラーコードも一章と同じ「桃色」。

一章と同じく、桃音の視点で物語が進みます。

 

この章のサブタイトルは「空」です。

空に浮ぶ黄奈子を桃音がなんとかして呼び止めようとするシーンはとても印象的でした。

待って、と呼ぼうとしても声は出ない。絵で伝えようとしても持っているのは透明色の鉛筆だけ。結局、桃音は黄奈子に自分の存在を気付かれないまま空から落ちていってしまいます。というのがあらすじ。

 

声が出ない。色が付かない。自分の色が思い出せない。最後には雲(作中では「ふわふわ」って言ってます)が崩れていってしまう。

 

このシーンは、桃音の「こうなってしまうんじゃないか…?」という不安を様々なものに例えて表現しているのだと思います。

 

まず、「空」は、みんなのいる場所=幸せでいられる場所。

 

声が出ない、とはどういうことなのか。

場面が飛びますが、五章でも「『黄奈子ちゃん』――と……声が出ない」と全く同じ言葉で描かれています。

桃音は黄奈子と一緒にいたい。

しかし、そのことを伝えられずにいる(本当は一緒の美大云々より)。

そのことを「声が出ない」と表現したのでしょう。

 

 では、声が出ない(伝えられない)のは何故か。

声が出ない理由は、「桃音が黄奈子の将来の邪魔になる危険性があるから(それが迷惑だろう)」だと僕は考えています。

「将来の邪魔になる危険性」とは、「行為」付近で桃音が「私は卒業すら黄奈子ちゃんと一緒にできないかもしれない」と言っている、それです。

自分から黄奈子に一緒にいたいと言ったのに、黄奈子だけ卒業することになったら。黄奈子が桃音を残してしまうことに対して何か罪悪感みたいなものを持ってしまったら……それが桃音に引っかかって取れなかったのでしょう。

 

では、色が付かないってどういうことなのでしょうか。

「色」とは「自分が美術科にいる意味」ということだと僕は考えています。

色が付かないとは、黄奈子が隣に居なくなる。

自分の色が思い出せないとは、自分が元々持っていた理由が思い出せない(無くなった?)ということだと思います。

 

何故、「色」がそういう意味になるのか。

ここで一章のサブタイトルを見てみましょう。

サブタイトルは「透明」。

そのあと桃音一人になって、将来のことを考え始めます。

「みんなと一緒だから美術科に居る」

これは高校生活を美術科で過ごす理由にするには、あまりに幼稚で不十分です。

桃音の美術科にいる理由は、美術そのものとは何も関係をもっていないのです。

まるで「みんながいなければ美術科にいなかった」ような。

桃音は願書のミスで間違えて入学しただけ。

美術が特別好きでもないし、何かしたいという将来の具体的な目標もないのです。

そして、それを桃音はしっかりと問題として認識はできているんですね。

でも、これで本当に大丈夫だろうと思ってしまって。

本当に間違いでここにいるのだとしても、桃音は確かな幸せをここで感じてしまいます。

(その1より)

はい。

美術科にいる意味が無いかもしれないと思い始めているのに、黄奈子の笑顔を見ただけで幸せを感じています。

美術科にいながらも、美術とは全く関係ない幸せを「美術科にいる意味にしようとする」。

 

五章の中央コマの背景「どうしてまだ絵を描くの?」とはそういうことで、彼女が美術科にいる意味(黄奈子とは関係ないもの)は、もうこの時点で間違いなく「透明」になっていたのです。

 

一章の「透明」というのと、この章の「透明」は完全にリンクしていると思います。だから、色は「桃音が美術科にいる意味」ということだと考えているのです。

 

雲が崩れるのは「美術科に桃音の幸せは無い」ことの表現だと思っています。

でも、桃音は黄奈子と一緒にいたいので無駄なのに必死に足掻いて…そこで夢から覚めます。

雲が崩れることがなぜそのような意味になるのかの理由は今ではなく、行為付近の感想になったら書きます。

 

 

次は四章。

 

教科書をわざと忘れるのはさすがに病気では…という訳(?)で、桃音が黄奈子断ちをしようとします。

 

桃音が「私ももっと美術が好きになって…」と言ったのに対し、黄奈子は「変わらないよ」と独り言。

黄奈子の独り言は、両親に嫌われない(より好かれる)ように美術科に入学したが、結局両親は、美術>黄奈子から「変わらなかった」ことを指しているのだと思います。

 

将来のことを黄奈子に訊く桃音。

黄奈子はやはり美術そのものが好きではないので、でも美術科に入ってしまったので、「美術と全くではないが関係ないような仕事に就きたいな。でもそれでは駄目なんだろうな」と言います。

 

そして、桃音は「…変わらないでしょうか。…美術科じゃないほうがいい気がしてきました」と言います。

話の流れから考えて、「(多分美大にも入れないような私の将来は)変わらないでしょうか」ということだと僕は思っています。

 

それに対して、黄奈子は桃音に「美術科に居て欲しい」と言おうとしますが、それは「我侭(まるで―両親にされたことと同じことを桃音にしてしまおうとしていること)」だと気付き、「…そうかも」と思いとどまります。

 

そこに玄恵先生がやってきて、四章は終わり。

 

 

次は五章。

今度は桃音の話です。

 

六章では玄恵先生と黄奈子が夜の見回りを二人でしていますが、この五章のシーンはその間一人で作業し続ける桃音を描いています。

 

「本当は黄奈子ちゃんと一緒の美大がいいと言えなかった」

 

…前は触れませんでしたが、四章のタイトルは「虚像(真実と異なる姿)」です。

「美術科じゃないほうがいいかもと言ってしまったが、実は黄奈子と一緒の美大に行きたかった」、このことを「虚像」と表したのだと思います。

 

五章の話に戻ります。

 

桃音は鉛筆を折り、「私には(美術が)合っていない。間違った」と考えます。

 

「描かなきゃ、描かなきゃ」と桃音が言っている中央コマの背景には、たくさん「どうしてまだ絵を描くの?」という桃音自身の疑問が描かれています。

 

「どうしてまだ絵を描くの?」かと言うと、「みんなと一緒にいたいから」

そして、「『黄奈子ちゃん』―と一緒にいたい」。

 

まだ、桃音は「黄奈子ちゃん」と言うことができません。

 

 

 

その2はここまでです。

その3で最後まで行くと思います。

 

最後まで閲覧ありがとうございました。

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